かりそめの王

今度の休みに職場の採用試験がありまして、その試験監督に駆り出されることになったので家でマニュアルみたいなの読んでるんですけど、あのー、ヤバいですよ。なにがヤバいって、そのマニュアルの「監督員」の項目に、「監督員は、その室の試験実施について…

僕は予備校で働いていた

ちょっと昔の話をしましょうか。twitterでも何回か言及したことがあるんですけど、僕は予備校で働いていたことがあります。働いてたといっても講師じゃなくって、単なる大学生のアルバイトなんですが、休み時間の合間に教室に現れて話をする(受験の体験談と…

月が綺麗ですね

「月が綺麗ですね」 荒涼とした地平を眺めながら、男は女にそう言った。 かつての文豪が、ある文章をそのように訳したことがある。彼は彼女を愛していたし、彼女もまた同じであった。 それを聞いた彼女はしかしつまらなそうに、足元の小石をコツリと蹴飛ばし…

ドロップじゃないこともないんじゃないですかね

節子、それドロップやない! 「……」 あ、いや… 「…………」 まあ、まあ分かりませんよ? 僕舐めてないんで、僕舐めてないんで分かりませんけど、ドロップじゃない、んじゃないですかね。 ドロップかなー、ドロップじゃ、ないんじゃないかなー、みたいなね。 や…

ショートコント、居酒屋

「あ、レモンしぼっていい?」 「うん」 「義父に」 「はい?」 「レモン、しぼっちゃっていいよね」 「唐揚げに?」 「義父に」 「ダメだよ!」 「めんどくさいし、もう全部絞っちゃうからレモン。義父に」 「聞けよ、ダメだよ」 「ダメなの?」 「なんで僕…

生きろそなたはGalaxy

いやあ金環日食。金環日食でしたね。皆さん見ましたか? 僕は見ました。厳密には、僕の住む仙台では金環にならなかったものですから、「部分日食を見た」ということになりますが。 というか本来僕はこういう、天体ショーといいますかなんといいますか、そう…

短い箸の話

僕は勤め人であって、昼は家から持って行った弁当で済ませている。夜の残りを詰めて朝にちょいちょいと足したような、味も素っ気もない弁当だけれども、昼食を楽しく済まそうなどという欲望が限りなくゼロに近いので、一向に構わないのである。 ついでなので…

街頭募金を見て考えた

仙台の街中をボケッと歩いていたら「よろしくお願いしまーす!」っていう元気のいい声を浴びせられて、目を向けたら地元の高校生とおぼしき女の子が、被災地支援の募金をしていた、ということがあった。あった、というか、つい今日の話なんですけど。 でまあ…

ボトルネック

みなさんはボトルネック、という言葉をご存知でしょうか。 物事がうまく進まないでいるとき、その遅滞の原因となっている部分のことをこう言ったりするのですが、たとえば道路なんかね。よく渋滞する道があったとして、途中一車線になってるところ。ここなん…

地球にパンチ

震災以降特に疑問に感じるようになったのは、「全部誰かのせいじゃないいといけないのか?」ということです。 「怒ってしまった悪いことは、全て誰かのせいでなければならない」という強迫じみた観念が、社会を縛っている気がする。 もちろん国や地方自治体…

世界の終焉

丸く大きな月の出た、明るい夜だった。 今日、世界が終焉を迎える。そういうことになっている。街の灯りは消え、車の騒音も聞こえない。静かな、世界の終焉にふさわしい夜といえた。 ある夫婦が、明かりを落とした家の窓から、夜空に浮かぶ月を眺めている。 …

銀行強盗

昼下がり。気だるい空気に包まれていた銀行内に、鋭い一発の銃声が響いた。 「動くんじゃねえ」 帽子を目深にかぶった一人の男が、火薬の臭いの残る拳銃を行員に突きつけていた。もう片方の手には、大きく口の空いた、ショルダーバッグが握られている。 「こ…

もうたくさんです

さーて、今日もネットで便利に買い物をしようかな! 何買おう! 和風だしとかかな! 和風の、だしとかかな! あ、アマゾンさんだこんにちはー。 え? えー! ええー! いきなり何言ってんですか。ていうか女性だったんですか。びっくりするわ。出会いがしら…

混線

夜。俺は暗い部屋に体を横たえて、目を閉じたり、開いたりしていた。時おり大きなため息をついたり、足をもぞもぞやったりしている。前の通りを行く車の音が、水の響きを帯びてきた。雨が降り出したらしかった。他に聞こえるものと言えば、自分の心臓の、規…

働きたくない

働きたくない! いやー、働きたくないですね。ええ、働きたいか働きたくないかで言えば、働きたくない。いえ、そんな設問など意味をなさないほど根源的に、僕は心の底から、働きたくない。 そもそも、働くことの意味なんて何があるというのでしょう。お金で…

異星滞在記

男が車を走らせていると、森に降り立つひとつの光が見えた。不思議に思った男は車を止め、光の方へと近づいた。 つるんとした銀色の、大きな塊。どうやら宇宙船のようだった。音もなく、風もない。極めて高度な文明の持ち主に違いないと男は思った。息をひそ…

悪魔の煙草

アパートのベランダで、男は煙をくゆらせている。彼は愛煙家であり、今はちょっと珍しい煙草を吸っていた。 ある日の帰り道、男はいつものように煙草を買った。カードをかざし、ボタンを押す。しかし取り出し口から出てきたのは、見たことのない銘柄の煙草だ…

事前情報

「おい、今度の仕事が決まったぞ。場所は三丁目、三角屋根の家。時刻は明日の14時46分、きっかりだ」 「盗みですね。久しぶりで、腕が鳴ります。暮らしぶりの良さそうな家だし、期待ができる。しかしなんでまた、そんな妙な時刻に」 「ある奴から聞いたんだ…

三月九日

朝、男は目を覚ました。カーテンの隙間から光が差し込み、コーヒーの香りがする。代わり映えのしない、いつもの朝だった。 「おはよう」 キッチンに立つ妻に声を掛ける。目玉焼きの焼ける音。 「あら、おはよう。今日も早いのね」 「うん、昨晩少し、仕事を…

ある依頼

薄暗い地下の階段を下ったその先に、男の事務所はあった。ある中年の紳士が、人目を気にしながら、扉に手を掛けた。 「ここか。例の、依頼を受けてくれるというのは……」 中年の紳士は、恰幅がよく、身に着けているものも高価そうだった。恐らく、企業の社長…

ボッ、という音。はじまりは、小さなアパートの小さな玄関だった。 夜の明けきらない時刻、雨音に混じる不思議な物音で、家の住人は目を覚ました。強盗でも入ったのだろうか。おそるおそる音のした方へ行くと、そこには開いた傘が無造作に転がっていた。 「…

債権債務

いつもと変わらない朝。今朝も手荒いノックの音が、部屋の中にうるさく響いた。 「おはようございます、お休みのところ申し訳ありません。今月分の支払いが、確認できませんでしたので」 債権者による取り立てだった。申し訳なさそうには到底見えない顔で、…

勝訴

最高裁判所小法廷。彼はある裁判の行方を、固唾を飲んで見守っていた。しかし彼は被告でも、原告でもなかった。関係者と言うことはできたかも知れない。彼は原告側を支援する立場で、裁判を傍聴していた。 彼の役割は、裁判の結果を、外で待つ仲間たちに伝え…

お人よしの幽霊

「あのう」 不意に投げかけられた声に、青年は立ち止まった。顔を上げると、電柱の下に一人の男が立っていた。切れかかった白熱灯にぼんやり照らされた顔は、顔見知りでもなければ、物取りでもなさそうだった。ただきまぐれに、声を掛けてきただけのような印…

風呂場の幽霊

ただならぬ気配と、胸騒ぎ。布団に入ったまま、僕は目覚まし時計を手繰り寄せた。 午前二時。言わずと知れた、丑三つ時だった。 そういった経験に全く乏しい僕ではあったが、今がその時であるのは直感的に分かった。 「うらめしや…」 その声は、風呂場から聞…

今考えた新しい相合傘

※絵はりっつさんに描いてもらっています。いつもありがとう!

最愛の人

僕は愛する人を失った。しかしどんなに思い出そうとしても、彼女の顔が浮かばない。目や、口や、鼻。そのどれも僕の心を捉えて離さなかったはずなのに、彼女の顔にまつわる一切を、僕は思い出すことができなくなっていた。 「ははあ、それは心理的なショック…

隣の客はよく柿を

隣の客はよく柿を食う客だった。そして何より、息を飲むような美人だった。 「どうして柿を?」 彼女は答えず、ただこちらを見て涼やかに微笑んだ。ドキリとした。そしてなんだか可笑しくなって、アハハと馬鹿みたいに笑って頭を掻いた。この時すでに、僕は…

熱湯の威力

ピジョン マグマグ トレーニングストロー出版社/メーカー: ピジョン発売日: 2011/02/18メディア: Baby Product クリック: 13回この商品を含むブログ (1件) を見る これ、子どもがいつも使ってるやつなんですけど。よく見ると、内部にくの字になってるストロ…

神の一部

「わしは神を作るぞ」 怪しげな装置がひしめく地下室で、年老いた博士が助手に告げた。 「ははあ、今度は毛生え薬のたぐいですか。確かに需要はありそうだ」 「違う、神だよ。GODだ。わしは神を作ろうと思っているのだ」 「神とは驚いた。確かに博士の頭脳は…