ボトルネック

 みなさんはボトルネック、という言葉をご存知でしょうか。

 物事がうまく進まないでいるとき、その遅滞の原因となっている部分のことをこう言ったりするのですが、たとえば道路なんかね。よく渋滞する道があったとして、途中一車線になってるところ。ここなんか、典型的なボトルネックですね。

 なんでこんな話をしてるかって、あのー、こないだスーパーに行ったんです。近所の。行きつけのスーパーなので、レジ打ってる人の特徴もある程度分かっていて、「あの人は詰めるの速いけど詰め方が雑」「あの人は遅いけど肉とか丁寧に袋に入れてくれる」みたいなのがある。ちょうどその日はめちゃめちゃ混んでいて、レジの前はものすごい行列になっていました。レジの顔ぶれを眺める。居た。店内随一の速さを誇る、神速の彼女が。

 でまあこの彼女ってのが、もうめちゃんこに速くて、なおかつ機械のような正確さを常にハイレベルで維持しているもはやレジェンド(おまけに美人)なのですが、ちょっと、怖いと言うか、こっちにも速さを要求しているようなところがあって。あのー、たとえば割引券。これ最初に出さなきゃいけないんですね。それをちょっと遅れて出そうもんなら、露骨に嫌な顔をされます。まあ、まあね。それも彼女の速さを求める純粋な姿勢に起因するところだと思いますよ。仕方がない。それでレジが流れれば客も店もwin-winですからね。F1に例えるなら彼女はドライバーで、僕たちはピットクルーなんです。彼女の速さを、存分に引き出すことが僕たちの使命。だから割引券は対象商品の上に乗せるし、会計もカードで済ます。僕が、彼女を一番速く走らせられるんだ。

 そんなわけで、僕は迷わず彼女の列に並びました。多少列が長くても、十分に取り戻せると僕は踏んだ。そして事実、ズンズン解消されていく、目の前の客の列。

 僕の目に常に狂いはない。そんな思いで彼女の手業を見つめていた時、ある変化が起きました。レジが、二人制になったのです。

 僕は震えましたね。この幸運に。ただでさえ速い彼女に、さらに援軍が届いたのですから。このぶんなら、あと数分もしないうちに、会計が終わることでしょう。

 希望に満ちた目でそのもう一人(なんかもっさい男)をちらと見た時、僕は目を疑いました。胸に輝く「研修中」の文字。おーい! しかも前衛(商品をスキャンし、詰め方まで行う主たるポジション。後衛は基本的に会計作業のみを行う)に入ったではありませんか。

 案の定、ペースはだだ落ちです。野郎、バーコードの位置を、一個一個発見している。あ、ここか! みたいな。ここに、あることになってんか! みたいな。いちいち気付きを得ている。ふざけるな。ふ! ざ! け! る! な! 肉とか、うっすいビニールに入れるじゃないですか。なんかそれごしに頑張って読み取らせようとしてるしね。このっ、このっ、みたいな。お前。剥けよ。なに機械に頑張らせようとしてんの。そこはお前が歩み寄れよ。

 でまあ、川の流れのようであった僕たちの列は、一人のボトルネックにより、ぴたりとその動きを止めたのでした。

 彼女はというと、研修生を指導する立場もあってか表情こそ笑ってはおりましたが、絶対イライラしていたと思いますよ。思いますっていうか、間違いなくイライラしていた。なぜかと言うと、横取りしてたからです。ボトルネック君があれ? バーコード…あれ? ってなるともうすぐ奪ってピッ! みたいな。あれ? ってなって奪ってピッ! あれ? ってなって奪ってピッ! みたいな。

 僕の番が回ってくる頃には、ボトルネック君、カゴからとって彼女にパスするだけの人になってた。パサー。