勝訴


 最高裁判所小法廷。彼はある裁判の行方を、固唾を飲んで見守っていた。しかし彼は被告でも、原告でもなかった。関係者と言うことはできたかも知れない。彼は原告側を支援する立場で、裁判を傍聴していた。

 彼の役割は、裁判の結果を、外で待つ仲間たちに伝えることだった。傍聴席には限りがあるのだ。


 彼が固唾を飲む理由は二つあった。


 一つは、長年支援してきた裁判の結果が、ついに明らかになるからだ。最高裁まで争われたこの裁判。支援者として、その結果を気にするのは当たり前のことだ。この結果が判例となり、今後の社会の方向性を変えていくことだろう。彼にはそれが分かっていた。


 そしてもう一つ、彼はしくじったのだ。


 彼は「勝訴」と「不当判決」と書かれた二枚の紙を用意して、持ち込むはずだった。判決が明らかになったところで外へ飛び出し、そのいずれかを掲げればよい。そうして皆に知らせる手はずだ。しかし彼が、法廷で鞄の中身を改めたところ、あるのは「勝訴」の一枚だけだった。彼はしくじったのだ。使いたくはないが、最悪の場合に必要なもう一枚。それを、彼は家の机に置き忘れしまったのだった。


 判決の時が近づくにつれ、彼の呼吸は浅くなり、胸の鼓動は早まった。今ここで、日本の未来と、彼のちょっとした行く末が左右される。彼はズボンをぐっと握りしめ、神仏に祈る気持ちで勝訴を願った。その表情は、単なる支援者のものとは思われないほど険しく、深刻なものだった。


 一方、裁判所の外では、他の支援者たちが、裁判の結果を今か今かと待ちわびていた。どうやら長引いているらしい。勝訴か、それとも……。一抹の不安が彼らの脳裏をよぎった時、遠くに小さな人影が見えた。



 彼が息を切らし走ってくる。その足取りは軽い。
 安堵に満ちた満面の笑み、重圧から解放された彼の表情を見て、彼らは勝訴を確信した。