銀行強盗

 昼下がり。気だるい空気に包まれていた銀行内に、鋭い一発の銃声が響いた。
 「動くんじゃねえ」
 帽子を目深にかぶった一人の男が、火薬の臭いの残る拳銃を行員に突きつけていた。もう片方の手には、大きく口の空いた、ショルダーバッグが握られている。
 「こいつに金を詰めるんだ。早くしろ、おかしな真似はするんじゃねえぞ」
 男は、銀行強盗だった。


 一方の行員は、さして動じる様子もない。男にちらりと目を遣ると、何食わぬ顔で手元のボタンを押しこんだ。
 非常ベルのボタンに違いない――。男は慌てた。すぐにけたたましい警報が鳴り響き、同時に警察への通報がなされることだろう。計画と呼べるような計画もない犯行ではあったが、多少勝手が変わってくる。
 しかしスピーカーから流れてきたのは、けたたましい警報ではなく、いささか間の抜けた電子音だった。
 <十七番の番号札でお待ちのお客様、二番の窓口へおいでください。十七番の番号札でお待ちのお客様……>
 すると一人の客が男の近くの窓口に歩み寄り、番号札と通帳と、いくつかの書類を提出した。男は面くらい、再びぐいと拳銃を突きつけてはみたものの、返ってきたのは行員と、十七番と呼ばれた客の冷ややかな視線だけだった。
 長椅子にびっしり座った男女が、同じように冷たい、迷惑がるような表情で男を見ている。中には、露骨に舌打ちする者もいた。

 「お客様」
 見かねたのか、上役とおぼしき行員が男の横にやってきて声を掛けた。
 「大変申し訳ありませんが、みなさん順番にお待ちなんです。特にこの時期は混み合うものですから」
 男が口を開け、目を白黒させていると、その行員は丁寧に説明までしてくれた。
 「中央に、整理券の発券機がございます。そちらでボタンを押していただきますと番号札が発券されますので、それをお持ちになってお待ちください」


 男は六十五番と印字された紙の小片を握りしめ、長椅子の端に座っている。
 このぶんだとかなり待たされるだろう。一旦家に帰り、計画を練り直すくらいの時間はあるかも知れない。