債権債務

 いつもと変わらない朝。今朝も手荒いノックの音が、部屋の中にうるさく響いた。

 「おはようございます、お休みのところ申し訳ありません。今月分の支払いが、確認できませんでしたので」

 債権者による取り立てだった。申し訳なさそうには到底見えない顔で、男は要件を告げた。

 「すみません、今月はなにかと要り様で……なんとか、待っていただくわけには」

 「皆さんそうおっしゃいます。私としては構いませんが、今お支払いいただくのが、あなたのためですよ。この一分、一秒の間にも、利息が発生しているのですからね」

 結局私は財布から、今月分の支払いを済ませることになった。男は金を、さも当然のように受け取ると、足早に立ち去っていた。彼は債権者、私は債務者なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 そもそも、この国の全員が債務者となったのは、つい昨年のことだ。債務者である事実を突きつけられた、と言ってもいいかもしれない。

 未来から来た債権者は、テレビを通してこう言った。

 「皆さん、皆さん方の生活は、借金によって成り立っています。国債や、県債といった借金です。それらは私たち、未来の人間に対する借金なのです。私たちはその借金を、取り立てにやってきました」


 その日から、この国の全員が債務者になった。

 彼らの取り立ては、かくのごとしだった。紳士的で、執拗で、容赦がない。私は借りた覚えなどなかったが、それは全員が同じことだった。私たち全員が、未来に対して借金をしている。その事実を知っているだけに、誰一人として、異を唱えることができないのだった。


 新たな借金は禁じられ、身の丈に合った国の予算が作られた。その中から借金を返していくわけなので、実際には、以前の何分の一かの予算となった。


 こんなことでは、とてもでないがやっていけない。新たな収入を確保するため、虎の子の予算を、国はある分野へ集中的に配分した。科学技術の分野だった。ありとあらゆる人材が集められ、昼夜を問わず、極秘の研究が続けられている。週刊誌の記事にはもっともらしい見出しが躍り、私たちの期待は、いやがおうにも高まっていった。


 それから何年か経ち、相変わらずの生活は続いている。しかし今日は首相がテレビ演説をするというので、皆で集まりそれを待っているところだった。


 「なにやら、科学技術庁がついにやったらしいぜ」

 「そうか、どうりで首相も明るい顔だ」

 「ついに完成したんだな、例の装置が」

 「シッ、始まる」


 会見台に上った首相の顔は、希望と期待に満ちたものだった。それを見た私たちも、同じ顔をしていたことだろう。首相は、咳払いをひとつして、単刀直入にこう告げた。


 「おめでとうございます。ついに懸案の課題を、解決することができました。タイムマシンが完成したのです」


 首相を囲む記者たちも、歓喜の声を抑えきれない。

 
 「とうとうやりました。皆さん、今日から我々も、債権者です」