異星滞在記

 男が車を走らせていると、森に降り立つひとつの光が見えた。不思議に思った男は車を止め、光の方へと近づいた。

 つるんとした銀色の、大きな塊。どうやら宇宙船のようだった。音もなく、風もない。極めて高度な文明の持ち主に違いないと男は思った。息をひそめて見ていたら、不意に頭の中に声が響いた。

 「聞こえますか、私は、この船に乗っている者です。ここより文明の進んだ、ある星からやってきました。あなたに、お願いしたいことがあります」

 どうやら、テレパシーのようだった。

 「ようこそいらっしゃいました。お会いできて光栄です。僕に協力できることであれば、いたしましょう」

 依頼の内容は、こうだった。これから地球の時間で一週間、我々の星に来て生活をしてほしい。往復で、十日もあれば帰ってこられる。衣食住は、全てこちらで世話をする。

 「わかりました。仕事の都合をつけて、またここに参ります。どういうわけかは存じませんが、友好のためなら、進んで協力させていただきます」


 かくして、男は旅立った。宇宙船には見たこともない装置が並び、座席は見たこともないような素材でできていた。金属のようであり、しかし冷たくなく、座り込むと、それは体に合わせて形を変えた。

 「素晴らしいですね、こんな技術は何十年、いや、百年経っても、地球では生まれそうもない」

 「ははは、星に着く前から驚いていては、体がもちませんよ。まずはゆっくり、星空の旅を味わって下さい」

 座席が男の体を包み込む。宇宙船は速度を増した。


 男が目を覚ますと、すでにそこは彼らの星だった。ペンのような建物がびっしりと並んでおり、その間を縫うように、飛行機のようなものが飛び回っている。

 「わあ、見上げるだけで首が吊りそうですよ。あの建物なんて歩いて登ったら、さぞ疲れてしまうでしょうね」

 「歩いて? ああ、階段という構造のことですね。古代でそういう様式があったと習いましたよ。今はすべてこの乗り物で移動しますから、建物に階段はないのです」

 「なるほど……」

 「長旅でお疲れでしょう。これから一週間は、この星のある一家と生活をしてもらいます。あそこに見える建物です。なにか問題があれば、我々に言って下さい」


 一家は友好的で、男をよくもてなした。言葉はテレパシーで何とかなったが、食べ物や風呂、寝具などはいちいち戸惑うことも多かった。

 「これは、どういう装置なのでしょう……ボタンもないし、何をどうすればよいのか」

 「この青いものは、匂いも味もないし、僕の口には合わない……。ああ、でもこっちのは地球にも似たものがありますね」

 「ああ、この曲は心が休まるな……地球には、どこの国にもないようなものだ。このまま装置ごと、持って帰りたいところですよ」

 見るもの全てが新しく、それらは男を驚かせ、感心させた。一家は詳しく装置の使い方を男に教え、寝食を共にし、三日目には、男を衛星の裏側に案内したりもした。彼らと同じ生活をし、五日目ともなると、ある程度、身の回りのことをこなせるまでに上達していた。男はちょっと誇らしかったし、一家も手を打って喜んでくれた。最後の日には、男が得意のダンスを披露した。別れと感謝を告げると、皆の目には涙が浮かんだ。男にとっても一家にとっても、素敵な時間だったことは疑いようがなかった。


 かくして一週間、夢のようなときは流れ、男は再び森に降り立っていた。懐かしいような、土と緑のにおい。高度な文明を味わってしまった手前、恥かしさも一緒にこみ上げてくる。しかしやはり、住み慣れた土地に帰ってきた安心感は、何物にも代えがたいのだった。

 「お疲れ様でした。規則により、これまでの記憶はすべて、消すことになっています」

 「ええ、どうせ話しても、気が触れたと思われるのがおちですからね。しかし分からないのは、この十日間の目的です。あなた方はどうしてこんな文明の遅れた人間に、素晴らしい文明、その生活を、垣間見させて下さったのですか」

 「ごもっともな疑問です。本来であれば、はじめにご説明すべきだったとは思うのですが」

 宇宙人は、申し訳なさそうな顔をしながら言った。

 「しかしそれをしてしまうと、つまらなくなってしまうというか……。つまりですね、我々も、こうした生活を続けていると、どうしても文明のありがたみが感じられなくなってくるのです。平和で、どうしても、刺激がない。そこであなたをお招きしたというわけです」

 「と、いうと……」

 「文明の劣った星のあなたを、我々の生活に放り込む。そこであなたはとまどい、感動し、我々を称賛する。その一部始終を、星じゅうに放送するのです。自己の再認識、とでもいいましょうか、いや、そんなたいそうなものではありませんね。単なる娯楽です。ですがこれでなかなか、いい視聴率がとれるのですよ」


 ああ、それなら確かに金もかからない。ギャラのかかるタレントを、使う必要もないのだから。納得する男が最後に知覚したのは白い光と、甲高い機械音だった。

 男は森に立っている。土と緑のにおいがした。