月が綺麗ですね

 「月が綺麗ですね」
 荒涼とした地平を眺めながら、男は女にそう言った。
 かつての文豪が、ある文章をそのように訳したことがある。彼は彼女を愛していたし、彼女もまた同じであった。
 それを聞いた彼女はしかしつまらなそうに、足元の小石をコツリと蹴飛ばして言った。
 「私もよ。でも月についてはどうかしら。石くればっかりで水も空気もない、こんな分厚い服を着なくちゃ貴方と出歩けない星、私は好きにはなれないわ」
 小石は大きな弧を描き、彼女の言葉のあと、遠くの小山に音もなく着地した。
 「それなら」
 彼は彼女の真似をして、近くの小石を同じように蹴り上げてから言った。
 「綺麗な月を一緒に見ないか。乾燥して味気のない、この足元の月じゃない。夜空に浮かぶまあるい月を」
 彼の告白は小石と同じ軌跡を描いて、ポカンと口を開けている彼女の胸に、時間をかけて着地した。


 「……嘘。適当なこと言わないで」
 「適当なもんか。一緒に行こう、地球へ。そして一緒に暮らすんだ」


 くっきりと見える地平線の向こうから、大きな青い、ひとつの星が顔を出した。青い光に照らされて、二人の影が長く伸びる。

 「ヘルメットしてる時に泣かせないでよね」
 「すまない。ああ、でも泣いた横顔も綺麗だよ」
 大粒の涙は滴となり、朝日を受けて輝きながら少しの間漂って、落ちた。


 「と言いたいところだけど、目が真っ赤だ。これじゃ本当に、月のウサギだな」
 「誰のせいよ」
 「さてね」