泡を作る男


 あるところに、泡を作ることに心血を注ぐ男がいました。


 彼はだれよりもそれを美しく、優雅に作ることができました。なにより珍しかったのは、それが純粋な、水から作られる泡であったということです。石鹸や、そのほかの物を一切使わずに作られる泡は、人々を魅了しました。ときには外国の王侯貴族までもが彼のもとを訪れて、その美しさに感嘆の声を洩らすのでした。


 ある日、ふと男は水に色を付けることを思いつきました。何十年も努力して作れるようになったこの泡を、人々は変わらず喜んでくれます。ですが男は、少し退屈になっていました。これに色とりどりの絵の具を落としたら、もっと美しくなるだろうと考えたのです。見てくれる人をうんとびっくりさせてやろう。その姿を思うだけで、男はわくわくしました。こうして男は、持っていた全ての水に、赤や、青、黄色の絵の具をたっぷり溶かしたのでした。


 ところが次の日、男は慣れた手つきで水をかき混ぜますが、いつもと様子が違います。綺麗なまあるい泡が、いつまでたってもできないではありませんか。一度水を捨てて、もう一度きれいな水で試しますがうまくいきません。何日経っても、何度瓶を洗っても、あの泡が現れることはついに一度もなかったのです。


 男は今まで積み上げてきたものを、たった一度の好奇心で、全て失ってしまったことに気が付きました。男はわんわん泣きましたが、もうどうしようもありません。男の苦労は、水の泡になってしまったのです。