力を持ち、失った男の話

 顔が濡れてから、私は力を失いました。


 それまで信じていた、唯一の拠り所と言ってもよい力を、私は一瞬にして失ってしまったのです。


 私は途方に暮れました。それまで私が築き上げた総ては、力によってもたらされたものであると、そう思われたからです。力を失った私を、他の誰が必要とするだろうか。そのことをちらと考えるだけでも、私のしおれた顔はより一層小さく、固く、縮こまっていくようでした。


 そんな時でした。一人の女性が現れ、私にこう告げたのです。


 「アンパンマン、新しい顔よ」と。


 私の顔はこうして交換されたのです。一度は失った力が、全身にみなぎるようでした。もう一度、戦える。もう一度立ち上がって、傍若無人に振る舞うあの菌類に、正義の鉄槌を下すことができる。顔が熱く感じられたのは、それが焼き立てであったためばかりではなかったでしょう。


 私は飛び立ち、慌てふためく菌類に渾身の拳を振り抜きました。菌類は瞬く間に、また礼儀正しく別れを告げながら、大きな夕日に吸い込まれていきました。私は勝利したのです。皆が私の勝利を喜んでいます。私はそれを見て、一層誇らしい気持ちになったのでした。


 しかし、私を勝利に導いたのはやはり、力であったのでしょうか。


 私はそう思いません。私には、力を失った時に手を差し伸べてくれる仲間がいます。新しい顔をこね、焼き、届けてくれる。私の勝利を、ともに喜んでくれる、仲間がいるのです。


 愛と勇気だけが、私の持ちうる総てであったと、この時私は気付くことができたのです。