七五三についての邪念

 七五三は年に数回ある。

 こんなことを急に言いだしてバカだと思われるかもしれませんが、でも実はそうなんです。いや俺がバカだって方じゃなくてね? そっちじゃない! 七五三は、年に何回か存在するのだ。いやだからバカじゃないです。今日はそのことについて書く。

 七五三が年に1回とされているのは、俺だって無論承知しています。知ってる、えー…11月、15日だ(wikiを見ながら)。でも毎年この時期になると、冒頭のような邪念が湧いてくるのだ。「あれ、今年ってもうやってなかったっけ? 春先くらいにさ…」みたいな既視感。これはあるあるネタだと思っていたのだけど、先日嫁に話したら「ない! ない!」って全力で否定された。俺だけの感覚かも知れない。

 もう自分が祝われることもないし、子供もいない。七五三に関しての興味関心が全くないもんだから、七五三の時期になって「おーまたやっとるねぇ」って前回思ったのがちょうど一年前だったりする。それすらすっかり失念していて、年を経るごとに「またやってるよ感」だけが蓄積していくのだ。以後繰り返しで、その思いはどんどん強まっていく。あと子供が晴れ着を着るイベントが他にいくつかあるのも、この感情を助長する遠因だと思う。

・必然的無関心による時間観念の歪曲に基づく擬似反復体験
・類似現象の存在
 この2つが相乗的に作用するんだ。だから七五三が年に何回もあると錯覚するんだ。バカじゃない。24時間テレビがしょっちゅうやっている気がするのも、同じ論法じゃないかな。