6年越しのシガーソケット

 思い込みってすげえな、というか、6年がかりの思い込みがきれいさっぱり打ち砕かれた、という話をしたいのですが、あの。シガーソケットってあるじゃないですか。どの車にも付いてる機器ですけれどもね。機器なのかな、まあ、車にはそういう部分があります。


 変換機を突っ込んで携帯を充電できたり、クリーナーの電源をそこからとって車内を綺麗に保てたりする、大変便利なもの。それがシガーソケットです。そんなシガーソケットなのですが、俺の車には付いていません。正確に言うと、付いていない、とそう信じ切っていました。


 今乗っている車って大学時代に4年間バイトして貯めた金で買った、いわば学生生活の結晶のような奴なのですが、いかんせん貧乏学生だったため、そんなに高い車は買えなかったんですね。買う時も色々なオプションを削って安くしてもらった経緯があって、そのとき一緒に、削った気でいた。シガーソケットを。シガーソケット削るってなんだよ、って話ですけど。まあ、あんまりシガーソケットに興味もなかったので、ないものだ、と信じてそのまま6年間、乗り続けてきたんです。今の車に。シガーソケットのない車に。「俺の車シガーソケットないんだよね」「へー、それ携帯充電できんの! まあ、俺の車にはシガーソケットないけどね」とか言いながら。


 ときに、最近嫁が忘年会のビンゴでiPodを当てまして、「車で聴きたい!」となったわけですよ。残念、俺の車は機能を色々削ってあるのだ。iPod挿すとこなんて当然ない。じゃあFMトランスミッターを買いに行こうか、と電器屋に繰り出すも、FMトランスミッターなんてだいたい全部シガーソケットから電源とるやつじゃないですか。あーこれはダメだね、これもダメだ、なぜならシガーソケットがないから! ってホイホイ絞って、シガーソケット充電だけども、USBにもつなげるタイプのやつを買いました。ここで要注意なのは、「USBでも充電できる」と一言も書かれていない点です。本体の説明書きによればシガーソケットに一旦挿すことになっており、そこからUSBで繋いで本体を充電する絵になってるんですけど、まあ、いけるだろ、と。USBで充電できるタイプなら、パソコンに繋げば充電はできるだろ、とそう読み切りまして、いわゆる行間を読むってやつですね、そんなわけで、購入したのです。


 結果、充電できなかった。パソコンに繋いでもウンともスンともねえの。えー! ですよ。ええー! ですよ。まあ、愕然としましたね。ここまできたか、と。シガーソケットを持たざる者(以下持たざる者)に対する冷遇ここに極まれりだな、と、もはや感嘆の気持ちすら湧いてきました。


 仕方がないので返品しようと車に乗り、電器屋へ向かいます。道すがら、クソッ、シガーソケットさえあれば…など悔しさを噛みしめながら、本来シガーソケットのあるべき穴(シガーソケットは無いが、一応蓋はしてある)の蓋を外して、充電器を差し込みます。そんなことで、気持ちが晴れるわけがないのですが。持たざる者の、せめてもの戯れです。グサッと挿して、シガーソケットを持てる者(以下持てる者)の気持ちを一瞬でも味わおうと、そう思ってしまったというわけなのです。笑って下さい。そんなさもしい男なのです、僕は。そんなさもしい持たざる者が、他ならぬ僕なのです。涙に滲む視界の中で、充電器はまっすぐに挿し込まれていきました。グサリ。


 CHARGE


 確かな手ごたえのあと、その一文が、充電器に点りました。


 あるんかーい! って思いましたね。シガーソケット、あるんかーい! って。ズコー! って、なりましたね。運転席に座っていたので、リクライニングを倒しながら、ズコー! ってなりましたね。嫁は助手席でポカンとしていましたね。


 いやはや、本当に間抜けな話でした。人の思い込みって本当に恐ろしい。それをまざまざと見せつけてくれたのが、今回の出来事だったように思います。おかげで6年間ずっと、シガーソケットは無いものだと思って車に乗ってきたのですから。シガーソケットのない狭い世界にこの身を詰め込んで、その窮屈さに何の疑いも持たずに生きてきたのですから。それまで幾つの便利な機器との出会いを逃したことか、悔やまれてなりません。


 失われた時間を一気に取り戻そうとするかのように、僕はその足で携帯の充電器とクリーナーを買いました。なぜなら僕の車にはシガーソケットがあるからです。