不思議な話をしよう

僕が経験した怖い話、というか不思議な話がひとつある。今夜は、それについて話そうと思う。少し長くなるし、あまり怖くはないから、読みたい人だけ読んでくれたらいい。

それは僕が小学生、多分八歳くらいかな、の時の話なんだけれど、当時うちの実家は山の中の峠のあたりにあったんだ。本当に山の緑の圧倒的な所でね。蛍は飛ぶし、雉が鳴いたり蛇が出たり、いわゆる、ど田舎というやつ。

それで、そう。確か今くらいの、お盆の時期だったんだ。お盆といえば、今は少し下火になったけど、心霊もののテレビ番組なんかたくさんやっていたんだ。そういうのを見て、子供なら誰しも、怖がりつつも興味を持ったりするんじゃないかと思うけど、僕は幾分、その興味が強かった。だから、母親に頼んで、峠にある神社に、車で連れていってもらうことにしたんだ。

この神社、何が祀られているのか未だに僕は知らない。社務所もない小さな神社で、普段だれが管理しているのかもよくわからないんだ。そういうちっぽけな、古びた神社だから、肝試しにはぴったりだと思ったんだね。もちろん、夜に行く勇気はなかったし、そんなの絶対許してもらえないのは分かっていたから、あれは確か、午後の2時くらいだったと思う。

峠の細く曲がりくねった登り道の、途中にその神社への入口がある。そこに車を止めて、歩いて階段を上っていくと、境内に入る。階段と言っても、砂利敷きの、一段一段の幅が妙に広くて登りにくいやつだった。それを、子どもの足で、えっちらおっちら登っていくわけさ。

母親はそもそも結構霊感があるというか、そういうのに敏感な人で、車から降りたあとも自分は行かないと言ってその場に留まった。馬鹿なことしてないで、さっさと戻ってきなさいとも言っていたね。そもそも、乗り気じゃなかったんだ。僕のわがままに、無理矢理付き合わせた格好だから、僕もへいへい従って、すぐ戻ると言った。

で、階段。結構な長さがある。峠の山中にある神社だし、登りが急なのも想像してもらえると思う。なかなかしんどいんだ。疲れを感じながら登る。その途中、僕は一度、後ろを振り返ってみたんだ。誰もいなくなっていたりしたら、それこそギャー! だからね。「後ろを振り返ると」ってのは、いいドキドキの装置だってことも、無意識に分かっていたのかもしれない。まあ、それはどちらでもいいんだ。不安と、興味とで、僕は後ろ、階段の下を、振り返った。

そこには、やっぱり母親がいた。当たり前だね。当たり前だけど、それですごくホッとした。僕は目が悪いから、母親の顔まではよくわからなかったけど、僕のことをじっと見てくれているんだろうな、というのは分かった。もしかすると、怒っているのかも知れないとも思ったね。だからさっさとすまそうと思って、小走りに境内に入って、賽銭も投げずに手をパンパンして、社の裏もぐるっと眺めて。特に興味の引かれるものはないのを確認して、慌てて来た道を駆け下りたんだ。

車に戻った僕は、興奮と疲労とで息を切らしながら、へへー、何もなかったですー、なんて話をへらへらしながら母親に伝えようと思った。それで待っていた母親を見ると、明らかに怒った顔をしている。確かにすこし、長居をしたかな、でも、急いで返ってきたし、そんなに怒らなくてもいいのにな、と不思議に思っていたんだけれど、そんなのはお構いなしに、母親は早口でこう捲し立てたんだ。

どうして戻ってきなさいって、あんなに大声で叫んだのに、言うことを聞かないの! って。

どうも、あの僕が振り向いた時、母親はそう僕に叫んでいたらしいんだね。距離にして、多分30メートルもないんじゃないかな。普通の声でも、聞こえないことはない距離なのに。何度も何度も、戻ってくるよう叫んでいたそうなんだ。僕は、全然聞こえなかった。本当に、何も聞こえなかったんだ。

もちろんそんなことを信じてもらえるわけもなく、そのあとひどく叱られたわけだけど、どうかな。僕はいまでも、あれはとても不思議で、そしてとても怖いことだったんじゃないかって思う。母親の声の届かない所に、僕は足を踏み入れていたのかもしれないと思うと、ぞっとする。少しだけね。これが僕の、唯一体験した、不思議な話だよ。